菅原宏×菅原笑美子ポートレイトフォトセッション
もしも写真がなかったら
自分を好きになれなかったかもしれない…
そう語るモデルは、実は多いのです。
わたしも白班というコンプレックスを抱えていました。
それでも現場で出会った写真家たちは
夢中でシャッターを押してくれました。
そこには
いままで見たこともない
「生きたわたし」が写っていました。
わたしは知りました。
写真を通して自分を知ることを。
そして自分を好きになることを。
だからわたしは思っています。
「本物の写真は人を救う」と。。。
……….
あなたは自分自身を
見たことがありますか?
あなたのふとした横顔が
こらえきれずに笑った笑顔が
そっと目をつむったその顔が
どんなに優しく穏やかで
どんなに切なく美しいか
あなたは知っていますか?
わたしたちは
そんなにも綺麗でなくては
いけないのでしょうか?
ひとは
そんなにも整ったものにしか
こころを動かされないのでしょうか?
そんなことはありませんね。
まっすぐな目がなにを見つめているのか
大きな笑顔から
どんなこころが垣間見えるのか
その写真からは
どんなトーンが聞こえてくるのか
そういうことを想像させるものの方が
ずっとずっとこころに届くことを
わたしたちは、本当は、知っています。
わたしたちモデルや写真家は
目的に合わせた写真の印象を
「作る」ことができます。
顔の角度
身体のひねり具合
シャッターに合わせたタイミング
呼吸に合わせたタイミング
モデルは
印象を作るテクニックとして
これらを熟知しています。
でも、これらテクニックと
モデルとして活躍することとは
別の次元なのです。
なぜだと思いますか?
実はモデルの仕事は、
背が高くて、綺麗であること、そのこと自体ではなく
人のこころを引きつけることだからです。
「人のこころを引きつける」
もっとも大きなもの、
それは、ひとの「真」です。
写真とは
「真」を「写す」と書きますね。
「真」とは
「写す」ものであって
「作れる」ものではないのです。
写真に写るあなたの「真」
それは
あなたの生きてきた時間であり
あなたの人生の物語です。
だからわたしたちは
写真を見たとき
無意識にこう、問うのです。
あなたは誰ですか?
どんな風に生きてきたのですか?
と。。。
ポートレイトフォトセッション…
「真」を捉える写真家が
あなたの「真」を引き出す時間です。
そこに浮かび上がる
この世にたったひとつの
あなたの人生の物語
それが
どれほど強く人のこころに届くものか
それが
どれほど強くあなた自身を力づけるか
あなたの目で、確かめてみませんか?
(菅原笑美子)
…*☆*……………………………………………………………
妻であるモデル田村笑美と
「フォトセッション」を開催することになりました。
始めるにあたり、
その経緯についてお伝えしようと思います。
僕は20年に渡り
フリーランスフォトグラファーとして、
数々の雑誌や広告にて写真を撮ってきました。
そのほとんどは、
クライアントである出版社が発刊する書物や、
広告代理店、制作会社を通して
依頼を受けた
企業の宣伝物です。
元々ファッションフォトが多かったので
被写体にはモデルが主だったのですが、
6年前から女性月刊誌にて
毎号ポートレイトの撮影を始め、
多くの俳優女優、ミュージシャン、映画監督を撮影してきました。
また後には別企画で
作家のポートレイトも毎号撮り始めています。
こうして長い間
メディアにて撮影をしてきたのですが、
ある小さな転機がありました。
3年前に
友人の谷口さんと親子で楽しめるイベントを企画し、
一環として親子のポートレイトを撮りました。
この撮影はとても素晴らしいものでした。
新宿御苑脇の木深い一軒家の庭にて
ゆっくり時間を共有し、
中心にある大きな木の下で
その楽しい雰囲気のままでポートレイトを撮ったのです。
どの親子も愛に溢れ、
大笑いする親子もいれば、
遊び疲れて寝てしまったお子さんを
見守り写るお父さんお母さんも居ました。
僕はその満たされた時間の中で
そのままにシャッターを押しました。
この自然な空気で写す撮影は、
今までの仕事の撮影とは違ったものでした。
ちょうど時同じくして、
女性社長、女性起業家、女性市長といった、
何かをしている女性を撮る撮影の依頼が多くなり、
当初、どのようにすれば
写真に撮られる事が主ではない人たちを
魅力的に撮れるか考えましたが、
すぐに答えは分かりました。
あの大きな木の下で撮った、
親子の時と同じです。
共有する空気を作るのです。
これを短い撮影時間の中で作り出すのは
苦難ではありますが、
会話の中で魅力を見つけ出す
よいトレーニングになっています。
去年は
祐天寺にあるスペースUを主宰する福島さんにお誘い頂き、
初のフォトセッションを行いました。
撮影希望者を募り、
当日僕は時間を共有し空気を作る事から始めました。
これも多くの方々に喜んで頂けましたが、
自分が写り過ぎているので
人には見せられないとおっしゃる方も居ました。
これは僕が表層を見ているのではなく、
その内面を見ていたからなのです。
時間を共有するという事は、
表層を溶かす作業でもあります。
そうした自分が現れるということは、
もう一度自分を見返す良いきっかけになるとも思います。
ちなみに僕は
このときの写真をとても美しいと感じています。
そこにはご本人が持つ優しさとともに
少女のような儚さも写っていたから。
こうして僕の興味は
マス(大衆)へ向けた仕事と同時に、
今回のような個々の方々の撮影にも広がっていきました。
そこに写るのは
純粋に撮影現場で出てきたご本人の姿であり、
そこで撮った写真は、
メディアという大きなフィルターを通す事なくダイレクトにご本人に
お渡し出来る、
そのシンプルさを新鮮に感じています
写真に写るということは、
現代では日常的にあることです。
それでも苦手だったり緊張したりしてしまうものです。
ポートレイトフォトセッションでは
その日その時間をシェアしながら
自然とご自身の魅力が出てくるように写真を撮ります。
皆様とお会い出来ることを楽しみにしています。
(菅原宏)