【あなたにとって家族とはなんですか?】
ありがたいことに、いまわたしには、
人間関係の悩みがほとんどありません。
でも、家族との間だけには、
ずっとこころの摩擦があります。
今回、静岡に行くにあたって
兄の家に三泊、お世話になることにしました。
函南から近いしと
あまり考えもせず決めたことでしたが
この旅を終えていま、その選択は
自分へのひとつの試練だったなと思います。
二歳上の兄、二歳半下の妹、
三人兄妹の真ん中で育ったわたし。
両親曰く、三人集まればそこは社会。
そこで自分がどう在るのか、
そこからどう抜け出るのか、
中間子のわたしのテーマでした。
わたしは家族というものを、
ひとつのホールケーキだと思っています。
兄妹は、役割を選んで分かれたピース。
そのピースが、
少しずつ違いを明らかにして、
自立をし、社会に出て行くのだと思います。
だから兄妹は、大人になれば違う人。
役割を分ちたのだから
その違いは、むしろ両極端。
今回、兄の家にお世話になって
心底よくわかりました。
家族って、
一番近かった、一番遠い存在でした。
なのに、昔の感覚でつい、
自分本位に相手との違いを口にする「こころ」。
でもここは兄の家。
兄の価値観で埋められている場所。
わたしは三泊の時間の中で
「もう二度とここには来ないようにしよう」と
思いました。
お世話になっておきながら
失礼だとわかってはいましたが、
それが、その時間をやり過ごすために必要でした。
そうして11日の早朝、
なんとか笑顔で兄の家を出発しました。
帰宅して、
もう家族とは関わらないと言ったわたしに
「それでも関わるのが家族なんだよ」と、
夫が静かに教えてくれました。
家族というものは
親の体調、親戚のこと、先祖のこと、
ことあるごとに関わりを求めてくるもの。
それらすべてに「関係ない!」と
言ってしまえないことを、
自分が一番よく知っています。
命に関わることだけは、
わたしはどうしても手放せないのです。
円を分ち、社会に出て行ったピースは
もう自然には円に戻らない。
だから、努力が要る。
違いを乗り越える思いやり。
相手がどんな態度に出ても、
自分は自分でいる力。
相手がどんな選択をしても、
相手のすべてを信頼する力。
その学びをする場所が
わたしにとっての家族なのかもしれません。
まだまだ修行が必要です。
いつも変わらぬ見事な富士山。
「あなたにとって、
家族とは、なんですか?」
これを書いてしまえること自体
兄への見えない大きな大きな信頼があることも
わたしはどこかで知っている気がします。