2014年5月5日 / 最終更新日時 : 2014年5月5日 菅原 笑美子 1 : 白斑 コンプレックスへの挑戦を決める 母とのそんな一ヶ月を過ごした後、 京都に戻ったわたしは 一進一退を繰り返しながら 前を向いて生き始めました。 少しずつ食事が摂れるようになり 少しずつ電車に乗れるようになり 多くの人の助けをいただきながら 命のモラトリア […]
2014年5月4日 / 最終更新日時 : 2014年5月4日 菅原 笑美子 4 : うつ 人は人に癒され人からちからをもらう そうして度々京都に来るようになった母は、 わたしが毎週受けていたカウンセリングに 同席するようになりました。 そこで初めて、わたしたちは 10年前のあの経験を共有し始めました。 祖父の死から10年 母はずっと目を背けてい […]
2014年5月3日 / 最終更新日時 : 2014年5月3日 菅原 笑美子 4 : うつ わたしの「底」だった時間 19歳の春、大学へ進学はしたものの 慣れない京都での生活に 状態はさらに悪化していました。 知らない土地で医師を探すことができず 東京の心療内科医へ連絡を取り 薬を郵送してもらっていました。 それが電話だったのか手紙だっ […]
2014年5月3日 / 最終更新日時 : 2022年1月7日 yoshimi 4 : うつ わたしの「底」だった時間 19歳の春、大学へ進学はしたものの 慣れない京都での生活に 状態はさらに悪化していました。 知らない土地で医師を探すことができず 東京の心療内科医へ連絡を取り 薬を郵送してもらっていました。 それが電話だったのか手紙だっ […]
2014年5月1日 / 最終更新日時 : 2014年5月1日 菅原 笑美子 5 : パニック 母の支え 18歳のわたしに話を戻します。 高校を卒業して浪人生活を送りながら 5月に電車の中で パニック発作を起こしました。 外出が怖くなって予備校へ通えなくなり 食べ物も本当に喉を通らなくなり 心療内 […]
2014年4月30日 / 最終更新日時 : 2014年4月30日 菅原 笑美子 5 : パニック わたしの記憶の中のあの日 あの日わたしは10歳でした。 幼いわたしの記憶が事実かどうかは 定かではありません。 わたしの「思い」に 焦点を当てて読んでいただけると幸いです。 祖父が亡くなったとき 祖母は、胆石手術のため入院をしていま […]
2014年4月30日 / 最終更新日時 : 2022年1月7日 yoshimi 5 : パニック わたしの記憶の中のあの日 あの日わたしは9歳でした。 幼いわたしの記憶が事実かどうかは 定かではありません。 わたしの「思い」に 焦点を当てて読んでいただけると幸いです。 ………. 祖父が亡くなったとき 祖母は […]
2014年4月29日 / 最終更新日時 : 2014年4月29日 菅原 笑美子 5 : パニック その言葉だけは聞きたくなかった 高3の夏に低血糖で倒れたときは かなり辛い状態ではあったけれど 「過労」の域を、超えてはいませんでした。 ただ「限界」だったのです。 無理な生活、心のストレス それに対して 「もう無理!」 という身体の声が […]
2014年4月29日 / 最終更新日時 : 2022年1月7日 yoshimi 5 : パニック その言葉だけは聞きたくなかった 高3の夏に低血糖で倒れたときは かなり辛い状態ではあったけれど 「過労」の域を、超えてはいませんでした。 ただ「限界」だったのです。 無理な生活、心のストレス それに対して 「もう無理!」 という身体の声が 食欲不振とし […]
2014年4月27日 / 最終更新日時 : 2014年4月27日 菅原 笑美子 5 : パニック 心療内科の戸を叩く その夏以降、わたしの体調は悪化の一途を辿っていました。 食欲不振も酷くなる一方で、血糖は安定せず 点滴と砂糖入り紅茶で なんとかしのいでいました。 その頃、「身体が浮いてしまう感覚」に加えて 唐突に身体がビクッとしたり […]