中から出てくるものをつかまえる
夫に出会う前の2007年春、わたしは
ハリウッド映画「シャッター」の撮影に参加していました。
その映画のメインヘアメイクであった竹下フミさんが
わたしの個人的なテストシュート(作品撮り)を
手伝ってくれることになりました。
「中から出てくるものをつかまえる」
そこをゴールに掲げたテストシュート。
フミさんはまずわたしに
入念なフェイシャルマッサージを施しました。
そして、
映画の世界、女優さんの美談
フミさんの美容哲学、
仕事哲学、人生哲学…
いろいろな話をしてくれました。
ヘアメイクは
最後の最後にすこしだけ。
髪をとかし、
粉をはたき、
眉尻を足し、
ほんのすこしマスカラを塗る、
たったそれだけのヘアメイク。
そうして
わたしはカメラの前に座りました。
この日、丸一日かけて撮影しながら、
モニターに映る写真のいったい何がいいのか
そこに写る自分の、いったい何がいいのか
わたしにはまったくわかりませんでした。
それまでわたしが持っていた「価値観」からは
なにひとつとして「良さ」を見いだせず
それらの写真を見るのも嫌だと
思うほどでした。
日が落ちて撮影を終え、
地方ロケに向かうフミさんを見送ったあと
わたしは言いようのない
怒りの混じった悲しみを
目の前にいた菅原さんにぶつけました。
ヘアメイクとは
自分を綺麗にしてくれるものなのに
なんの鎧もつけてもらえず
なんの「綺麗さ」も描いてもらえず
いったい何のためのヘアメイクなんだ!と
フォトグラファーとは
自分を綺麗に撮ってくれるものなのに
ここに写る自分が綺麗ではないのは
あなたが人の綺麗さを
つかまえる力がないからじゃないか!と。
その後わたしたちは
データを移したモニターを見つめ
何時間も話をしました。
食事の席へ場所を移したあとも
翌朝、日が昇るまで
延々と写真の話をしました。
それでもそのときのわたしには
彼の言うことが理解できませんでした。
菅原さんが意図したことが
フミさんが意図したことが
おぼろげながらわかるようになったのは
2007年夏以降
その写真たちが入ったBOOKで向かったオーディションに
とてつもない確率で受かっていったあとのことでした。