時刻という設定

たとえばスリランカの夏のお祭りは、
日付ではなく、月の動きで決まっている。

毎年の、水瓶座の満月、
満ちていく月に向けて、その前の新月からの2週間が
お祭りの期間となる。

たとえば私の誕生日は、秋分近い9月22日なのだけれど、
太陽が夏の強い光を弱め始めて
暑さの中にも涼しさが入り込んでくる気圧の不安定さから台風がきて
口にする食べ物にも秋の香りがし始めて、、、
その「誕生日」という日にわたしは、
1年ぶんの「時間を生きて来たこと」を認識する。

たとえば朝は、日が昇ってはじまる。
夜は、日が落ちてはじまる。

夜明けは、日が昇ることをいい、
地球の自転と太陽の傾きによって、
タイミングは毎日異なる。

本来、時間というものは
「時の間」と書くだけあって
月日や時刻といった「点」ではない。

時刻は、人間が作ったものだ。

それも現代においては、
戦争に勝ち続けた(今なお勝ち続けている)イギリスという国が
「イギリスから見て」東に、西に、何度離れてあるといった理由で、
刻み、付している記号にすぎない。

「設定すること」自体は、
社会動物である人間の優れた面なのだと思う。

ただ、どんな「基準」にも
それを設定する者がいて、
かならず意図があるんだということ、

そして「それに従う者」、
無意識に「従わされる者」が
いるんだということ。

そのことを、安易に見過ごせなくなった。

スリランカにいた間わたしは、
「時刻という設定」から離れることにしていた。

というより、
アーユルヴェーダで受けた7日間のシロダーラーで
時刻以前に「時間」の概念が溶けてしまった。。。

なにかに抗うためではなく
自分で生きていくために、
その前提としての自分自身を理解するために、
あまりにも巧みな「設定たち」に、
意識的に向き合っている。

そしてその必要性を
できればあなたも、
気づいてくれるといいなと願ってる。

社会を変えるためというより
ひとりひとりが救われ、システムから降り、
本当の幸福で満たされるように。

 

そんな話が、、、
できたか?できなかったか?(笑)

おとといのスリランカシェア会、
たくさんの方にお越しいただきました。
(帰られた方、一緒に撮れなくてごめん!)


みんな、目が、本当に輝いていたよ!
ありがとう!

 

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